文鮮明師生涯路程 一度、二つの教会が漢江のほとりで合同礼拝を捧げたことがあります。その砂浜は今はなくなりましたが、西氷庫(ソピンゴ)前でした。昼になると、みな昼食を食べるのに、その中で一人座っていて堪えられるでしょうか。それで一人さっと後ろに抜け出て、石が積み重ねてある所に行って、考える時間をもちました。昼食を食べずに、砂利を積んでおいた石の小山の後ろにいたのですが、その時に、宋夫人がアイスクリーム二つと、パン二つを持ってきてくれたのです。そのことが、いまだに忘れられません。一つが一銭したのです。それをすべて合わせても、四銭ですが、そのパンとアイスクリームを持ってきてくれたことが、永遠に忘れられないというのです。ですから、その時その場が、どんなに深刻だったかというのです。
そのように世話になったことは、永遠に忘れられません。「いつどうで、いつどうして……」と、私のために苦労し、私のために施してくれた恩徳は、永遠に忘れないというのです。その忘れられないということは、誰のためですか。それは、自分のためではなく、世界のためなので、世界の人のためにそれを返そうと思うのです。神様が返すことはできないのです。