説教題:『伝統の相続』
⇒ 伝統、血筋、似ること。この3つが重要。 ⇒ 「孝情」
天一国経典 天聖経
第八篇 信仰生活と修練
第四章 真の父母の人生から見た信仰者の道
第四節 相続の人生 み旨一筋の人生
2 家庭で父と母に侍って暮らしたくないと思う人がどこにいますか。自分の子女を懐に抱いて眠りたくないと思う人がどこにいますか。また、そのような立場で神様に侍りたくないと思う人がどこにいるでしょうか。先生もそうしたいと思うのです。しかし、そのようにしてはみ旨が成就されないので、悲惨な道を経てきたのです。
先生がそのような道を歩んできたのは私自身のためではありません。天倫のみ旨を立てるためでした。伝統を立てるためでした。そのような責任があったので、私の体に傷ができ、顔が憔悴(しょうすい)しきっても、あるいは人々からつばを吐かれるひどい立場に立ってもそれが問題ではありませんでした。たった一つ、この体が死ぬ前に、いかに伝統をこの地上に残しておくかということが問題でした。そうでなければならないというのです。
いくら暴風雨が吹き荒れる環境に置かれても、いくら物乞いのようなかわいそうな立場に置かれても、いくら民族の反逆者だという言葉を浴びせられ、囹圄(れいご)の身になっても。それが問題にはなりませんでした。ただ、変わらない天の伝統を残そうというのが、今までの先生の生涯だったのです。
4 宇宙の頂点は、世界人類が一つの一族だというものです。ですから、人類は、愛の綱袋の中で絡み合う中を、自分のための愛ではなく自分より家庭をもっと大切にする愛を求めていかなければなりません。
また、家庭よりも氏族のための愛を求めていかなければならず、氏族よりも民族のための愛を求めていかなければならず、国家よりも世界のための愛を求めていかなければなりません。それがみ旨の行く道であり、愛の行く道です。
忠臣は、国のために自分個人を無視し、自分の家庭を無視し、自分の氏族を無視して進まなければなりません。それが忠臣です。
また、孝子は自分の一身を無視し、自分に属する妻子を無視し、父母の意向に従っていかなければなりません。それが孝子の道理です。ですから、み旨が行く道は、愛が行く道です。「私」個人よりも大きなことを先に愛する道が、み旨の行く道であり、愛の行く道なのです。
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