説教題:『神様と私たちは父と子の関係』
文鮮明先生の教育哲学
第2章 神様はどのように人間を教育されたのか
一、 神様が人間を教育された理由は
皆さんは、自分の子供一人を教育することも大変でしょう?その子供は、自分の血肉を受け継いだ息子、娘です。母親が涙を流せば、心が通じて共に涙することができるのが息子、娘です。父親が涙を流して悲しめば、共に悲しむ心が自然に生じてくるのが息子、娘であるにもかかわらず、彼らを指導し、教育しようとすれば、非常に難しいのではありませんか。
それを見るとき、今日、私たち人間は、神様の息子、娘ではないというのです。神様がどれほど泣かれても、見て見ないふりをします。神様がどれほど悲しまれても、見て見ないふりをするのです。これは、人間がサタンの血肉を受けて生まれたからです。
むしろ、神様が悲しまれるのを見て、褒めたたえるのです。滅びる者を見れば、喜んで笑うというのです。神様は、このような人間を指導し、彼らに開拓の方向を教えてあげようと、どれほど苦労してこられたでしょうか。しかし、一から百、千、万まで「ため」に生きようとする心、哀れに思われる心が神様になかったとすれば、今まで神様が摂理歴史を抱き抱えてくることがおできになっただろうかというのです。
今日まで摂理歴史を引っ張ってこられた神様の、その事情と立場はいかなるものだったかというと、哀れに思われる心で、「私がいなければ彼らは滅びる、滅びることが本然の人間に賦与された目的ではないことをはっきりと知っている私によらなくては、彼らは滅ぶ」と思ってこられたのです。神様は、人間には絶対的に神様御自身が必要だということを御存じなので、これを教えてあげるために、今までの歴史過程において、意に介することなく受難の道を開拓してこられたのであり、数多くの人間を教育してこられたのです。これが神様の立場です。(421257、1971・3・21)(421257、1971・3・21)